※各史料の本文は『国造制の研究』参照。

 

六 山陰道

 

75 丹波国造 

 

【所在】丹後国丹波郡丹波郷を中心とする地域(現在の京都府京丹後市一帯)。

【氏姓】丹波直・海部直を称した。

【系譜】志賀高穴穂朝御世(成務朝)に大倉岐命(建稲種命の四世孫)を国造に任命したとあり、アメノホアカリ・尾張国造系に分類される。

【備考】卜部兼永本をはじめとする諸本は本文を欠いている。

 

(1)『古事記』応神段

(2)『続日本紀』延暦四年(七八五)正月癸亥条 

(3)『先代旧事本紀』巻五「天孫本紀」

(4)『海部氏系図』

 

76 丹後国司 

 

※「国造本紀」は、丹後国(現在の京都府北部)の設置記事となっている。

 

(1)『続日本紀』和銅六年(七一三)四月乙未条

(2)『続日本紀』延暦二年(七八三)三月庚寅条 

 

77 但遅麻国造 

 

【所在】但馬国朝来郡・養父郡(現在の兵庫県朝来市・養父市一帯)。

【氏姓】神部直・日下部君を称したほか、多遅麻君・朝来直などと推定されている。

【系譜】志賀高穴穂朝御世(成務朝)に孫船穂足尼(彦坐王の五世孫)を国造に任命したとあり、開化天皇・和邇氏系に分類される。

 

(1)『古事記』開化段 

(2)『播磨国風土記』飾磨郡 

(3)『播磨国風土記』飾磨郡条 

(4)『先代旧事本紀』巻五「天孫本紀」

(5)『粟鹿大明神元記』神部直速日

(6)『粟鹿大明神元記』神部直忍

(7)『粟鹿大明神元記』神部直萬侶

(8)『粟鹿大明神元記』神部直根〓

 

78 二方国造 

 

【所在】但馬国二方郡二方郷を中心とする地域(現在の兵庫県新温泉町一帯)。

【氏姓】不明。

【系譜】志賀高穴穂朝御世(成務朝)に美尼布命(遷狛一奴命の孫)を国造に任命したとあり、アメノホヒ・出雲国造系に分類される。

 

79 稲葉国造 

 

【所在】因幡国法美郡・高草郡・八上郡(現在の鳥取県鳥取市一帯)。

【氏姓】因幡国造・伊福部臣を称した。

【系譜】志賀高穴穂朝御世(成務朝)に多都彦命(彦坐王の子)を国造に任命したとあり、開化天皇・和邇氏系に分類される。

 

(1)『播磨国風土記』飾磨郡条 

(2)『播磨国風土記』讃容郡条 

(3)『続日本紀』宝亀二年(七七一)二月丙申条 

(4)『続日本紀』宝亀二年(七七一)十一月庚戌条 

(5)『続日本紀』宝亀二年(七七一)十二月丙寅条 

(6)『続日本紀』宝亀五年(七七四)二月壬辰条 

(7)『続日本紀』延暦十年(七九一)六月甲寅条 

(8)『日本後紀』延暦二十四年(八〇五)八月癸卯条 

(9)天平寶字七年(七二七)四月十三日「奉写御執経所解請経文」

(10)『因幡国伊福部臣古志』伊其和斯彦宿禰命

(11)『因幡国伊福部臣古志』若子臣

(12)『因幡国伊福部臣古志』久遅良臣

 

80 波伯国造 

 

【所在】伯耆国(現在の鳥取県西部)。

【氏姓】伯耆造と推定されている。

【系譜】志賀高穴穂朝御世(成務朝)に大八木足尼(兄多毛比命の子)を国造に任命したとあり、アメノホヒ・无邪志国造系に分類される。

 

(1)『日本書紀』天武十二年(六八三)十月己未条

(2)『播磨国風土記』飾磨郡条 

 

81 出雲国造 

 

【所在】出雲国出雲郡・意宇郡(現在の島根県出雲市・松江市一帯)。

【氏姓】出雲臣を称した。

【系譜】瑞籠朝御世(崇神朝)に宇迦都久怒(天穂日命の十一世孫)を国造に任命したとあり、アメノホヒ・出雲国造系に分類される。

 

(1)『古事記』神代上 

(2)『古事記』垂仁段 

(3)『日本書紀』崇神六十年七月己酉条

(4)『日本書紀』斉明五年(六五九)是歳条

(5)『続日本紀』霊亀二年(七一五)二月丁巳条 

(6)『続日本紀』神亀元年(七二四)正月戊子条 

(7)『続日本紀』神亀三年(七二六)二月辛亥条 

(8)『続日本紀』天平十年(七三八)二月丁巳条 

(9)『続日本紀』天平十八年(七四六)三月己未条 

(10)『続日本紀』天平勝宝二年(七五〇)二月癸亥条 

(11)『続日本紀』天平勝宝三年(七五一)二月乙亥条 

(12)『続日本紀』天平宝字八年(七六四)正月戊午条 

(13)『続日本紀』神護景雲元年(七六七)二月甲午条 

(14)『続日本紀』神護景雲二年(七六八)二月庚辰条 

(15)『続日本紀』宝亀四年(七七三)九月庚辰条 

(16)『続日本紀』延暦四年(七八五)二月癸未条 

(17)『続日本紀』延暦五年(七八六)二月己巳条 

(18)『続日本紀』延暦九年(七九〇)四月癸丑条 

(19)『日本後紀』延暦二十四年(八〇五)九月壬辰条 

(20)『日本後紀』弘仁二年(八一一)三月辛酉条 

(21)『日本後紀』弘仁三年(八一二)三月癸酉条 

(22)『続日本後紀』天長十年(八三三)四月壬午条 

(23)『類聚国史』巻十九 国造 延暦十四年(七九五)二月甲子条 

(24)『類聚国史』巻十九 国造 延暦二十年(八〇一)閏正月戊寅条 

(25)『類聚国史』巻十九 国造 天長三年(八二六)三月甲子条 

(26)『類聚国史』巻十九 国造 天長七年(八三〇)四月乙巳条 

(27)『出雲国風土記』意宇郡条 

(28)『出雲国風土記』仁多郡三沢郷条 

(29)『出雲国風土記』巻末記 

(30)『播磨国風土記』飾磨郡条 

(31)天平六年(七三四)「出雲国計会帳」(『大日本古文書』一―五八六)

(32)『新撰姓氏録』右京神別

(33)『新撰姓氏録』河内国神別

(34)『令義解』神祇令 天神地祇条注 

(35)『貞観儀式』巻十 太政官曹司庁任出雲国造儀 

(36)『延喜式』巻三 神祇三 臨時祭 負幸条 

(37)『延喜式』巻三 神祇三 臨時祭 寿詞条   

(38)『延喜式』巻八 神祇八 祝詞 国造神賀条

(39)『延喜式』巻十一 太政官 国造条 

(40)『延喜式』巻十二 中務省 神寿辞条 

(41)『延喜式』巻十八 式部上 国造叙位条  

(42)『延喜式』巻十九 式部下 神寿条 

(43)『延喜式』巻三十 大蔵省 国造条  

(44)『延喜式』巻三十八 掃部寮 

(45)『延喜式』巻四十二 左右京職 斎王祓条 

(46)『延喜式』巻四十七 左兵衛府 小儀条 

(47)『類聚三代格』延暦十七年(七九八)三月二十九日太政官符 

(48)『類聚三代格』延暦十七年(七九八)十月十一日太政官符

(49)『類聚三代格』弘仁五年(八一四)三月二十九日太政官符

(50)『類聚符宣抄』長保四年(一〇〇二)六月二十八日太政官符

(51)『国造北島氏系譜』

 

82 石見国造 

 

【所在】石見国那賀郡石見郷を中心とする地域(現在の島根県浜田市一帯)。

【氏姓】不明。

【系譜】瑞籠朝御世(崇神朝)に大屋古命(蔭佐奈朝命の子)を国造に任命したとあり、カミムスヒ・紀伊国造系に分類される。

 

83 意岐国造 

 

【所在】隠岐国(現在の島根県隠岐郡隠岐の島町一帯)。

【氏姓】不明。

【系譜】軽嶋豊明朝御世(応神朝)に十埃彦命(観松彦伊呂止命の五世孫)を国造に任命したとあり、ミマツヒコイロド系に分類される。

 

(1)『播磨国風土記』飾磨郡条